S君 9才
S君は小学校3年生の男子で、普段は活発でとても明るい子どもです。しかし、何故か本を読むことがあまり好きではなく、また長時間ひとつのことに集中することも苦手です。視力は良いのですが「時々本の文字がぼけてくる」と言うのです。お母さんは「きっと勉強が嫌いだから言い訳をしているのだ」と考えています。
Tさん 22才
Tさんは事務系の仕事なので、細かい文字を読んだり確認したりの毎日です。最近仕事が忙しくなり、読み間違いや読み落としが増えてきて上司に叱られることが多くなってきました。また、眼がとても疲れます。イライラも起こります。「きっとこの仕事は向いていないんだ」、などと自分を責めたりもします。
Iさん 40才
Iさんは昔から運動が苦手で、特に球技はお世辞にもうまいと言えません。
また、車の運転も得意ではなく、特に高速でレーンに入るときなどのタイミングが読めず怖い思いをしたこともあります。さらに、歩いているときも人混みは圧迫感を受けるということで苦手です。視力は両眼1・2です。
Kさん 33才
KさんはコンピューターによるCAD作成の仕事をしていますが、特に最近眼がとても疲れます。近視ですがメガネでちゃんと矯正しています。時々画面上の文字が二重に見えたりすることもよくあります。仕事の効率は悪くなる一方で悩んでいます。
ここで登場した子どもや大人たちの問題は、本来の能力や性格、あるいはしつけなどが原因ではありません。
実は、問題は眼にあったのです。しかも、 眼と言ってもそれは 「視力」の問題ではありません。
感覚のコーディネイター
見たり聞いたり触ったりなど、毎日の生活の中で私たちはさまざまな感覚情報を受け取り、それを脳に伝達することで行動を起こしています。これら感覚情報を脳でうまくコーディネイトし、上手に行動へと結びつけていくことが求められます。
そして脳に入ってくる感覚情報のうち、とりわけ眼‐視覚の情報は、「人間の情報収集の80パーセント以上を占める」 とまでいわれるように、‘コーディネイター’のような中心的役割を果たします。つまり眼は、私たちと私たちを取り巻く世界とを結ぶ大事な架け橋とも言えるわけで、日々の行動や成果は「見る」ことに大きく影響を受けると言えます。
その眼の働きといいますと、通常「視力」をまず考えます。本来視力さえ良ければ(仮に矯正が必要でも、メガネを掛ければ良い視力が得られるのなら)、誰も眼に問題があるとは考えないでしょう。1・0以上見えていれば、「よかった、ちゃんと見えてる!」とあなたは思うはずです。でも、視力さえよければ、本当に私たちは「見えている」のでしょうか?
かくれた眼の仕事
実は、はっきり見ること以外にも、眼はたくさんの仕事をおこないます。これがビジョンとしての眼の仕事です。
例えば、私たちには眼がふたつあります。ひとつの情報をふたつの眼で見るわけですから、別々の視覚情報が脳へ届いてしまわないよう両眼が協調して働き、統一した情報を脳へ送らなくてはなりません。さもないとものが二重に見えてしまうことがあります。
これを両眼のチームワークと呼びます。このチームワークによりひとつに見えるばかりでなく、情報に「奥行き」が加わり、距離感を得ることができます。
私たちはさまざまな距離にあるものに視線を運びます。その時ピント合わせがスムーズにできないと、目標物から目標物へと柔軟に視力をシフトできません。ものが急にボケたりして、非常に効率の悪い見え方となります。
また、眼を使うこととからだの平衡感覚は神経で結ばれており、お互いに影響しあい、切り離せない関係です。特に動きながら目標物を眼で追うとき、この結びつきは無視できません。さらに視野の中心は見えていても、周辺からの情報をうまく取り込めないと身体の動きにまで影響します。つまり広く見ることが生活の中のさまざまな場面で要求されます。
そしてもちろん、眼から入った映像を脳で正しく認識できなければ、理解力、記憶力などにも影響してしまいます。そのために、眼‐脳‐からだの良好な関係が求められるのです。
ビジョンの問題
学校の成績がかんばしくない子供、スポーツが苦手な若者、仕事でのミスが多いビジネスマン、あるいは交通事故を繰り返し起こす人など、皆やる気がないからとか、能力がないから、運動神経が鈍いから、不注意だからと思い込み、あるいはまわりにそう言われ自分でもそう納得してしまっているのです。
健康に恵まれれば、ほとんどの場合良い視力に恵まれます。しかし、ビジョンの能力は、発育の中でじょじょに身につけていくものであり、育てられた環境などにより、視力は良くてもビジョンが正しく身についてこないこともあるのです。すると、およそ眼とは関係ないようなところで問題を起こすことがあるのです。
オプトメトリ-ってなに?
オプトメトリストとは日本では聞き慣れない名称ですが、アメリカでは既に一〇〇年以上の歴史を持つ‘眼のドクター’のことをいいます。残念ながらまだ日本では制度化されていない職業であり資格です。しかしアメリカ以外にも海外では、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパをはじめ、オプトメトリーが国家資格となっている国は数多くあります。アメリカを例にとりますと、4年制大学卒業後にオプトメトリーの大学に入学するのが一般的です。4年間学び、「ドクター・オブ・オプトメトリー」の称号を得た後に、国家試験と州の試験に合格して開業します。
私は1983年の6月、カリフォルニア州フラトン市にある南カリフォルニア・カレッジ・オブ・オプトメトリーを卒業し、国家資格とカリフォルニア州のライセンスを取得し帰国しました。
ビジョンが健全か
オプトメトリストにはユニークなアプローチがあります。
眼科医が、眼が健康であるか病気がないかという「視力の健康」に最も重きを置くのに対して、オプトメトリストは健康であること以上に、眼が負担なく機能して効率よく働いているか、見るべきものをちゃんと眼で捕らえているか、正確にものを脳で見ているかというビジョンが健全であるかということまで調べます。
ビジョントレーニング
一度下がった視力を元に戻すのは容易ではありません。しかし、このビジョンの力はトレーニングで向上できるのです。
オプトメトリストのおこなうビジョントレーニングは、さまざまな道具を用いて、眼や脳に新しく理想的な習慣をつけさせ、「ビジョンの質や技術」を高めていく学びのプロセスです。例え健康な眼であっても、正しく機能していなければ、ビジョントレーニングによりその働きを改善させ、より良く機能できるようにする手法です。マイナスをゼロに持っていったり、あるいはさらにプラスへと働きかけたりします。
トレーニングでビジョンの質や技術を高めていくことにより、あなたの本来持っているポテンシャルを目覚めさせることができるのです。
ビジョンは学ぶものであり向上できるものである
Vision can be learned and improved
この概念がオプトメトリストの考えるビジョンケアの土台となっています。 |