志賀 |
昨年の「いきいき脳フェスタ」で、児玉先生の講演がとても好評でした。 |
児玉 |
ありがとうございます。 |
志賀 |
イチロー選手を例に、天才と言われている選手も大変な努力をしているというお話をしていただきました。今日は、その辺から詳しく伺いたいと思います。 |
児玉 |
はい、わかりました。なぜイチロー選手をテーマにしたかというと、僕はイチロー選手の努力家な面が好きなんです。1つのことに執着心を持ち継続することは、簡単なようで難しいですよね。単純作業の繰り返しですから、みんなおもしろくないわけです。しかし、動機、つまり、「内発的モチベーション」を見いだせれば、単純作業も非常に楽しくなるのではないかと思います。 |
志賀 |
なるほど。 |
児玉 |
最近、仕事が面白くないという若者が多いですよね? |
志賀 |
確かに多いようですね。 |
児玉 |
僕は、仕事というのは、おもしろい内容はあまりないと思うんです。同じ仕事でも、一生懸命取り組む人もいれば、やらされる感からおもしろくないと感じる人もいます。勉強もですよね。自分の心の内側から発するものを持たないと面白みが生まれてこない。おそらく、イチロー選手は、内発的モチベーションを高める工夫をして、楽しく練習をしているのではないかと思います。 |
志賀 |
イチロー選手は、はたから見たら大変な努力を簡単にこなしてしまう。没頭しているうちに我を忘れて時間が経っている・・・そういう感覚は、内発的モチベーションからくるのでしょうか。 |
児玉 |
コーチが「やれ」といったことをこなすのではなく、自分のためにやっていますよね。自分がどんどん高まることが楽しい。明日どういう自分になっているか。毎日少しずつ変わっていく自分に、すごくイチロー選手は興味を持っていると思います。 |
志賀 |
なるほど。 |
児玉 |
たぶん、このままやっていれば飽きることがないと思うんですよね。 |
志賀 |
子どもの頃、自発の芽を伸ばす体験をした人は、少しのきっかけで、ぐんぐん伸びるでしょうが、そういった機会がないまま成長した場合、どのようにして内発的モチベーションを高めるといいのでしょうか? |
児玉 |
今、具体的なトレーニングメニューをたくさん開発していますが、そのなかで、必ず2つやってもらうことがあります。1つは、3行日誌を書いてもらいます。例えば、ゴルフの場合、1年後の目標を書いてもらい、試したこと、反省点、不安、希望とにかく何でもいいから、ゴルフに関することを、毎日3行書かせています。そして、日誌を見直して、自分は何を考えていたか・どう取り組んでいたかを振り返り、次に繋げていくように指導しています。 |
志賀 |
なるほど。 |
児玉 |
もう1つは、ジムレイヤー博士が、スピードスケートの金メダリスト・ダンジャンセン選手に、3年間書かせ続けていた体調管理日誌をつけてもらっています。体調管理日誌は、睡眠時間、食事の質、自信や集中力などのメンタル面を、簡単に5段階のレベルで記入してもらう用紙です。この2つを書いてもらい、モニタリングすることで、内発的な動機が高まります。自分で書くということはとても大事。毎日同じことを繰り返すことはすごく小さなことのようだけれども大きなことだと思うんです。 |
志賀 |
そうですね。メンタルトレーニングについて言えば、トレーニングそのものは難しくないですよね。どう思うかですから。しかし、それを続けることができない。そこで、内発的モチベーションの高め方に工夫が必要ということになりますね。 |
児玉 |
そうですね。続けるためには、目標設定が大事になってくるのではないでしょうか。 |
志賀 |
確かに。 |
児玉 |
目標のないトレーニングは意味がないですし、自分の夢に向かって、動いている時は、効率も良いと思います。目標達成はもちろん大事ですけれども、目標のためにモチベーションがあがる、あるいはやる気が出ることが一番大事ですよね。いかに、プロセスに対して自分が一生懸命になれるか。そのために目標があるのだと思います。つまり、自分がどういう夢を実現したいかを考えて、それに対してどういうプランニングをするか。そこからやっていくといいのではないでしょうか。 |
志賀 |
確かにそうですね。私は高校生にも指導していますが、生徒たちは1年生の段階で目標の大学を決めている。でも1年の段階で決めると、目標が低いんですね。だから大きな喜びにつながらない。低い目標だと、実は目標が明確であっても、モチベーションがあまり高まらないですよね。 |
児玉 |
はい。 |
志賀 |
やはり、目標は高い方がいい。 |
児玉 |
なるほど。 |
志賀 |
少し無理かな、というくらい高い方が、イメージしたときの喜びが大きい。脳はおもしろい働きをして、実際に体験したことと想像で体験したことと区別なく反応してしまうんです。 |
児玉 |
ええ。 |
志賀 |
例えば、実際には見ていないのに、おばけが出たと思うと、気の弱い人は腰をぬかしたり、心臓がドキドキしてしまう。想像なのに実際に体験したような反応がでてしまうんですね。 |
児玉 |
ええ。 |
志賀 |
同じことが、優勝した経験がなくても、優勝を想像するとワクワクしてくる。高い目標をたてて達成できた状況を想像して喜びを味わっておくと、想像の体験ではあっても、脳は実際の体験と同じような働きをする。目標達成に向けて、モチベーションが高まり、自然と内部から力が湧き出てきます。ですから、目標はできるだけ高く設定して、実現できた喜びを味わうと効果的です。 |
児玉 |
なるほど、味わうことが大事なんですね。 |
志賀 |
はい。 |
児玉 |
ほかには、宣言効果がありますね。例えば、北島康介選手は、宣言することで内発的モチベーションが高まっています。 |
志賀 |
なるほど。 |
児玉 |
ゴルファーにも、ラウンド前に、自分がどれぐらいで回りたいかを宣言しなさいと言うんです。その日はだめでも、繰り返していると、どんどん上手くなっていきます。大ぼらでも、宣言させると必死になるんですよ。 |
志賀 |
確かに、宣言するとモチベーションが高まる選手が多いようですね。 |
児玉 |
僕は、志賀先生の内観のすすめを拝見して、メンタルトレーニングのひとつとして大変重要だと思っています。イチロー選手は、自分ひとりきりになる時間を確保してグラブを磨いていると言います。いわゆる志賀先生のすすめる内観ですね。一日の反省と自分が成長するために今後何をすべきかを考えているのだと思います。こういった、1人で瞑想する時間を持つことは、スポーツ選手に限らず、全ての人に必要なことだと思います。 |
志賀 |
そうですね。目を閉じ、心から満足と喜びを感じ感謝することで、脳はバランスを取り戻して、次の活動に備えることができます。ですから、内観や瞑想をすることは非常に大切な時間です。 |
志賀 |
先生は、京都大学工学部ご出身と聞いていますが、ご専攻は何でしたか? |
児玉 |
専攻は金属の冶金です。住友電気工業で10年間研究開発本部勤務していました。具体的には、切削工具、いわゆる鋼を削る工具の新素材材質開発をしていました。 |
志賀 |
それで先生のお話は論理的なのですね。メンタルトレーニングはいつからですか? |
児玉 |
約25年前からです。なぜメンタルトレーニングに関わったかといいますと、住友電気工業から、カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)大学院へマスターをとるために留学しました。UCLAは非常にスポーツの強い大学で、そこで昔のテニスが蘇ってきましてね。もともとテニスの全日本選手だったんです。 |
志賀 |
なるほど。ご自身がプレイヤーとしての経験をお持ちだったのですね。 |
児玉 |
はい。その後も3年ほど仕事を続けていたんですが、ロサンジェルスオリンピック頃、アメリカのオリンピック委員会のホットリサーチセンターで、客員スタッフのお話がありそちらに移りました。そこは当時スポーツ科学部門のトップだったんです。そこで、いろいろなことを勉強しました。ジムレイヤー博士と出会い、研究所に行き、ディスカッションや研究を通して、バイオメカニクスやメンタルトレーニングなどを学び今に至るわけです。 |
志賀 |
なるほど。ジムレイヤーの言うIPS(Ideal Performance State = 理想的能力発揮状態)が必要なときに発揮できればいいのですよね。そのためのメンタルトレーニングですが、いろいろな方法の中で瞑想を薦めているのが印象的でした。 |
児玉 |
そうですね。 |
志賀 |
先生のお話は工学部の科学的な視点がベースだから説得力がありますよね。メンタルトレーニングも工学的な分析で、随所に物理用語が出てくる。例えば「慣性の法則」というのは分かりやすい概念ですよね。動いている物体が急に止まるのは大変。止まっているものを動かすには相当のエネルギーが要る。で、われわれの生活の惰性を、いつもと同じようにやるのは簡単。でも改めるのは難しいよと。非常に分かりやすく置き換えてくださる。私は、半導体の研究をしていた経験がメンタルトレーニングに生きているんですが、先生は冶金を研究されたことがメンタルトレーニングに生かされていますか? |
児玉 |
そうですね。理科的な考え方が生きているのではないかと思います。例えば、バイオメカニクスに非常に興味ありましたし、繋がっているところがあるんです。そういったヒントを取り入れることで、たくさんの方に支持してもらえるトレーニング法を考えていきたいですね。 |